ABOUT
H. MOSER & CIE.

シャフハウゼンで育まれたベリー・レアなマニュファクチュール

ヨーロッパ最大の名瀑、ライン川の滝があり古くから交通の要所であったスイス・北東部の街、シャフハウゼン。
類まれなる起業家精神の持ち主、ハインリッヒ・モーザーの功績により、今日では時計製造の街としても知られるようになったこの地からH.モーザーの時計は時計が世界中に届けられています。

創業者、ハインリッヒ・モーザー

創業者 ハインリッヒ・モーザー

H.モーザーは1828年、シャフハウゼン出身の時計師にして起業家のヨハン・ハインリッヒ・モーザーが時計産業において未開の地であったロシア市場の発展性に目を付け、自身の名を冠したブランド「H.モーザー」をロシア・サンクトペテルブルグに創業しました。
その時計はロシア皇帝を魅了し、中東や極東にまで販路を拡大するほど発展。また時計事業で成功を収めた資金を基に大規模な建設事業や多くの企業を誘致するなど一大工業地帯を発展させ、今日では街の礎を作り上げた名士として知られています。

H.Moser

Beginning of
H. MOSER & CIE.

H.Moserのブティック

ロシア・サンクトペテルブルグで当時としては珍しい単独ブランドのブティックを拠点に販路を拡大していたH.モーザー。
スイスのル・ロックルに大規模な自社工場を持ち、そこからロシアに向けて時計を輸出していました。生涯にわたり50万個も製造していたと言われ、その当時製造された時計は現在においてもアンティーク市場で高い評価を得ています。

H.Moserのブティック

ハインリッヒ・モーザーは成功者として故郷のシャフハウゼンに戻り、豊かなライン川の水量を活かしたスイス初の水力発電所を建設。
その動力を基にインターナショナル・ウォッチカンパニー(現IWCシャフハウゼン)や武器製造のSIG社をはじめとする様々な企業を誘致し、シャフハウゼンを機械産業の街としても発展させました。

H.Moser Museum

Charlottenfels

故郷に戻ったハインリッヒ・モーザーは、その富と権力を表すかのように、街を見下ろせる小高い丘にシャルロッテンフェルズと呼ばれるようになる壮麗な邸宅を建設。
現在もその美しい意匠のまま、街の公共施設兼H.モーザーのアンティークピースやハインリッヒ・モーザーの功績を示す資料を展示するミュージアムになっています。

H.Moserのブティック

ハインリッヒの没後は残念ながら後継者に恵まれず、また社会情勢の変化により大きな発展を遂げることなく細々と時計製作を続けていましたがH.モーザーは1970年代のクォーツショックにより休眠状態に入ります。
しかし、2005年に創業者の子孫達の手により復活し、2006年にはパーペチュアル・カレンダーが賞を獲得するなど華々しくデビューしました。

H.Moserのブティック

今日ではハインリッヒ・モーザーと同じビジョナリーであり、起業家精神を持ち合わせるエドゥアルド・メイランがCEOを務めます。
彼の曾祖父オクターブ・メイランはロシアでH.モーザーのビジネスをしていたという歴史があり、永い時を経て再びメイラン家にH.モーザーが舞い戻りました。
人々を驚かせる斬新な発想が注目を集めながらも、独自の技術と強みを活かしたものづくりを行い、地に足をつけた経営をしています。

H.モーザー社は“独立した家族経営の会社であり、起業家精神が根付いてること”、“自社でムーブメントを開発・製造ができる体制が整っていること”、“独創的な機構を持ち、いずれも実用的で簡単な操作が可能なこと”この3要素を兼ね備える時計は現在においても稀少で、年間1,500本あまりしか製造することができません。まさに“ベリー・レア”な時計なのです。

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